切り株で休憩

ときどき花を買います

他人の日常を読んで、安心するかどうか

「多分ですけど」、と若い方が言いました。「ふつう、SNSで何かを発信するときってつらい、仕事を辞めたい、もういやだという時か、見て見てー! これいいでしょー!という時か、どっちかなんですよね。普通の人は普通の毎日をどうしてるかなんて全然発信しないし、見えないんですよ」

若い人は自嘲気味に笑って、

「でも、同世代の他の人がどうしてるのか、めちゃめちゃ気になるんです」と続けました。

だからTwitterInstagramを見るのがやめられないとのこと。なるほどなあ。SNSが暮らしに溶け込むことで、こういう気持ちになるんだなって感心してしまいました。

他人の日常は既に「読みもの」なんでしょうね。娯楽作品に近い。

SNSに上げられる自慢や愚痴、収益を目指すコンテンツ、そのすき間から垣間見える発信者の横顔というか、滲み出る人柄に好感をもち、あるあると共感できることは確かにありますね。「推し」じゃないですけど、いてくれて安心できる側面もあるかもしれないです。

上記の若い人のいう、愚痴でも自慢でもない「普通の日常」はなかなか書かれないというのもちょっと分かる気がします。若い人は特にそうなのかもしれないですよね。日常が華やかだから。

日常か~。

私なんかは「ふつう」の極みですよ。

今は、スーパーで買ったドリップコーヒーを飲んでます。何色か入ってるやつ、これちょっと嬉しくて時々買ってしまいます。マグカップの取っ手がちょっと「ピキッ」となって、いつ割れるかしらと思っているところです。あるあるでしょうか?笑

ところで、あっという間に寒くなってきましたね。暖房器具を出さないとなあ。

犬が亡くなって初めての冬です。ストーブにくっついていた犬を思い出すと、きっと寂しくなると思います。別れの寂しさには、日にち薬ですよね。介護ももちろん大変だったし、居ないことも寂しいし、人はわがままですね。

私の日常はこんな感じです。誰かの「安心」のもとになるでしょうか?