「気が済む」ことの大切さ
物理的、時間的に可能でも、気が引けてできないことはある。
ここ数週間、自宅にある夫の作業所、アトリエを改築してきた。大工さんが来たらお茶やお茶菓子を用意するし、作業をされている間は居なければいけないと思う。夫は居ない。私は居なければいけない。気が引けるし留守にできなかった。
「いや、別に居なくてもいいよ」と夫は言うけれど、そうはいかないのよ。これは何にでも当てはまると思う。
他人が気にしてることについて、「気にしないでいい」と言うのはたやすい。私も「なんでそんなことを気にするの?」と他者のわだかまりに対して思うときがある。仕事や趣味のこと、ライフスタイルのこと、容姿のこと、何においても、自分が気にならないこと、自分が杜撰にこなせていることについては、えっ、別にそんなこと気にしなくてよくない? と思いがちだ。誰だってそうだよね。
でも、気になるポイントは人によって違う。同じ人間でもライフステージによって変化していく。なので、気になることがあってもいいの。その時々で自分なりの優先順位をつけて、小さなミッションを一つ一つやり遂げることが大切。自分の「気が済む」のって、あんがい大事なんだと思う。
現に、今日も工事の人が来る時間、午前中の予定が午後にずれこんで私は行きたかったジムレッスンに行けなかった。行ってもよかったんだけれど、行かなかった。
待機して、来られたので笑顔でご挨拶をして、気が済んだ。工事も終盤に差しかかったので短時間の対応で済んだ。談笑できてよかった。ほうら、やっぱりジムには行かないで正解だった。
気が済むことって大事なのよ。
他者の決定も自分の気持ちも、どちらも尊重していきたいと強く感じた。